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大阪大学大学院理学研究科 教員インタビュー

時代と分野を越える湯川

大阪大学大学院理学研究科
浅野 建一 教授(物性理論)

       

Q: 湯川秀樹はどんな存在ですか?

私にとって湯川秀樹との最初の出会いは、彼の自伝的小説である『旅人』でした。高校一年生の頃にこの本を読み、将来の進路について考え始めていた時期でもあったことから、私が物理学の道に進むうえで少なからぬ影響を受けたと感じています。幼少期に漢籍に親しんでいたことや、『太閤記』を読んでいたというエピソードなど、自身の嗜好と重なる部分が多く、強い親しみを覚えたことを今でもよく覚えています。

当時の私は数学と理科全般に興味を持っていましたが、理科の中でも物理学よりむしろ、生物学、特に分子生物学ではなく博物学的な意味での生物学に惹かれていました。しかし『旅人』を通じて、数学という言葉でこの世のすべてを解き明かそうとする理論物理学の魅力を初めて知りました。発見したときの喜びだけでなく、そこに至るまでの試行錯誤や苦しみも含めて、研究活動そのものの魅力に強く心を奪われ、できることなら自分も何らかの研究職に就きたいと考えるようになりました。

今振り返ると、いわゆる物理帝国主義の影響を受けていたのかもしれませんが、それもまた若さゆえ、あるいは青さゆえだったのだと思います。

 

 

Q: 湯川秀樹の研究のどのようなところに惹かれますか?

湯川秀樹の中間子論の素晴らしい点として、まだ多くの人が懐疑的であった段階で未知の粒子を仮定した大胆さがよく挙げられます。しかし私にとってより印象深いのは、数多くの説が錯綜する中で、中間子という描像によって物事を驚くほど単純に理解できることを見抜いた点です。

私が専門とする物性物理の分野では、電子、スピン、結晶格子、軌道など多くの種類の自由度が、それぞれの特徴的なエネルギースケールを持ちながら複雑に絡み合い「もの」の性質を形づくっています。これらを可能な限り忠実に取り入れて計算しようとすれば困難を極め、最終的には複雑さを思い切って削ぎ落とす、徹底した単純化が不可欠となります。

過去の論文を読み比べ、試行錯誤しながら学ぶところからはじめ、不要な要素を徹底的に削ぎ落として物理的本質を直感的に捉えられるようになるまでには、相応の経験が必要です。湯川記念室の資料を拝見する中で、湯川秀樹が大阪大学在籍時代に、その揺るぎない洞察力と経験を着実に積み重ねてきたことを強く感じました。

 

Q: 日本の理論物理研究への湯川秀樹の影響についてどう思いますか?

湯川秀樹が優れていたもう一つの点は、数学偏重でも実験追随でもない、独自の立ち位置を保っていたことが挙げられるのではないでしょうか。その絶妙なバランスこそが、湯川理論を生み出すために不可欠であったと私は考えます。

物理学という学問は、数学や計算機を道具として用い、思考実験を行い、体系的にも抽象性を要するにもかかわらず、最終的には、実証主義がそれらすべてを凌駕する点に大きな魅力があります。いかに美しく洗練された理論であっても、実証に耐えなければ物理学としての意義は薄れてしまいます。

理論屋としては、実験に目を配りつつ真に正しい理論とは何かを追及するバランス感覚が求められます。近年の日本の理論物理研究は、素粒子分野に限らず、物性理論分野においても、このバランスがやや崩れつつある局面にあるように感じられます。

湯川秀樹という存在は、そうした問題意識をあらためて私たちに突きつけ、考え直す契機を与えてくれる存在だと言えるでしょう。

 

 

Q: 物性物理との関連性についても教えてください。

私の専門は物性理論と呼ばれる分野で、固体中に現れるマクロな現象を、ミクロな視点から理論的に理解することを目指しています。純粋に研究分野の観点で見れば、素粒子分野の研究者とは異なり、湯川秀樹は私にとってやや距離のある存在です。物性分野の研究者が湯川の名からまず思い浮かべるのは、おそらく「湯川ポテンシャル」でしょう。

このポテンシャルは、本来、核力を説明するために湯川が導入したものです。一方で物性分野では、金属やプラズマのように自由電荷が多数存在する系の中に電荷を置くと、その電荷が作るクーロンポテンシャルが、自由電荷の再配置によって弱められ、いわゆる遮蔽効果によって実効的に湯川ポテンシャルとして現れます。まったく異なる文脈において、同じ形のポテンシャルが現れる点は非常に興味深いところです。

さらに、湯川と関わりの深い“朝永振一郎”は、一次元量子多体系の代表的な状態として知られる「朝永-ラッティンジャー液体」を提唱していますし、超伝導の問題を深く掘り下げていくと、大阪大学と縁の深い“南部陽一郎”の業績に行き着くことになります。また近年では、トポロジカル物質研究の進展に伴い、ゲージ場の概念が物性分野においても重要性を増しています。

一見すると畑違いの研究をしているように感じていても、研究を突き詰めていくうちに共通する普遍的な概念に行き当たるところに、物理学の醍醐味があるのかもしれません。

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