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湯川秀樹の物理学

湯川の時代の物理学と中間子論(3) 相互作用

万有引力・電磁気力

ここまで、我々の身の回りの物質を構成するミクロな構成要素・素粒子について見てきましたが、次にこれら素粒子の間に働く相互作用に目を転じてみましょう。

湯川が誕生した当時、自然界に存在する力として知られていたのは「万有引力(重力)」と「電磁気力」の2つでした。万有引力を発見したのはニュートンで、リンゴが落ちるのを見て万有引力の法則をひらめいたという逸話は有名です。ニュートンは、リンゴから地球、惑星まで、全ての質量を持った物質の間に万有引力が働いていることを見出しました。

一方、電磁気力とは電気の量、すなわち「電荷」の間に働く力や、磁石の力のことです。たとえば、冬場に金属に触れたときに静電気でばちっとしたり、鉄が磁石に引き付けられるのは電磁気力によるものです。電磁気力の存在はニュートンが万有引力を見出す遥か以前から知られていました。しかし、マックスウェルによって電磁気力を記述する基礎理論であるマックスウェル方程式が書き下され、物理法則としての理解が成立するのは湯川誕生から50年も遡らない、1860年代のことです。

マックスウェルの電磁気理論によれば、我々の宇宙空間は「電磁場」と呼ばれる、ゴム膜のようなもので満たされています。ただし、ゴム膜は平面ですが、電磁場を考えるときは3次元空間を満たすゴムを想像する必要があります。電磁気力は、電荷がこの電磁場を歪ませることで遠方の電荷に伝わります。また、電荷を高速で振動させると周囲の電磁場が揺さぶられ、あたかもゴムひもが波打つように電磁場の波が発生します。

この、電磁場の振動のことを電磁波と呼びます。電磁波の速度は秒速30万キロ。私達が目で見る光も電磁波の一種ですし、スマートフォンや携帯電話の通信で使われる電波も電磁波です。

参考までに、万有引力が働くのも、実は「重力場」と呼ばれる場が存在し、物質が持つ質量が重力場を歪ませるためと理解できます。重力場の振動が作る波は重力波と呼ばれ、その存在はアインシュタインが1916年に予言していました。2015年に、アインシュタインの予言から約100年を経てついに重力波が観測されたことは記憶に新しいです。

中間子論に至る湯川の着想

それでは次に、原子核を構成する陽子や中性子の間に働く相互作用について考えてみましょう。

陽子は、発見された当初から正の電荷を持つことが知られていました。また、中性子には電荷がありません。同じ電荷の間に働く電磁気力は斥力です。このため、もし陽子や中性子の間に働く力が電磁気力だけだったとすれば、原子核の中の陽子は反発し合い、あっという間に引きはがされてしまうため、原子核は存在できません。重力は引力ですが、電磁気力と比べると1億分の1くらいの強さしかないので、電磁気力の斥力に打ち勝って陽子を引き留める強さはありません。

しかし、実際には陽子と中性子から作られる原子核は安定に存在しています。しかも、原子を東京ドームくらいの大きさに拡大して、ようやくピンポン玉くらいの大きさしかない極微の空間の中に陽子と中性子が閉じ込められているのです。

なぜ、陽子と中性子は電磁気力で壊れることなく、安定に存在できるのでしょうか?この問いが、湯川の中間子論の出発点です。

湯川以前の物理学者たちのほとんどは、この問いを真剣に考えていなかったようです。東京ドームサイズの原子のことですら未解明なことだらけの地代に、ピンポン玉のことを考える余裕はなかったのでしょう。しかし、湯川はそんな時代にこの先駆的な問いに真正面から向き合い、思索を深めていきました。この思索の先に中間子論の提唱、ひいては我が国に初めてノーベル物理学賞をもたらす輝かしい成果があるのです。

先に湯川が出した答えだけ書いてしまうと、陽子・中性子の間には重力・電磁気力以外の、電磁気力の斥力より強い未知なる引力が働いている、ということになります。原子核は、この引力によって安定に存在できるのです。この力は、現在は「強い力」と呼ばれています。

しかし、ことはそう単純ではありません。

その新しい力は、原子核の大きさくらいの距離では電磁気力の斥力に打ち勝つ強い引力でなくてはいけませんが、身近な自然現象では全く観測されません。従って、強い力が働くのは距離が短いときだけです。そのような都合のよい力を想像するのは勝手ですが、それだけでは物理学とはいえません。こんな都合の良い力の存在が許されるのはいかなる場合なのか?そして、もしそんな力が存在するなら、どのように検証すれば良いのか?これらの疑問一つひとつに向き合い、思索を深めていった先に湯川の偉業があるのです。

(文責:北沢正清)

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