分子の世界への旅立ち (木下 修一)


 分子は私たちの世界を構成する基本的な成分である。分子には、2原子が集まってできた窒素や酸素のような小さい気体分子もあれば、数千、数万もの原子が集まってできた蛋白質やDNAのような巨大分子もある。 分子はどこまで大きくなることができるのだろうか。この問いに、明確に答えることはできないが、おそらく、原子の世界にも限界があるように、ユニットしての分子にも大きさに限りがあるのであろう。

Ki1

 そこで、巨大な分子同士は互いに集まってさらに巨大な系を造っていく。 できあがった超巨大な系はまた同じことを繰り返していくのである。 このように構成成分が集まって巨大な系を造るたびに、その構成成分では表されないような新しい性質が現れる。 分子が集まってできた液体や結晶もその1つの例である。 もとをただせば分子が集まってできた私たち生命体も、このような「階層」を何段も乗り越え、そのたびに新しい性質を獲得してきた成果といえるのである。

 光は分子の世界の研究に偉大な成果を与えてきた。分子に光があたると、分子内部の原子の動きで、光はその振動数をわずかに変えて放出される。この現象は光散乱といって、小さい分子から巨大分子まで分子内部の動きをみる有効な手段となっている。一方、分子に動きやすい電子のあるときは、あるときは光によって、あるときは自発的に電子が振動して、光を吸収したり放出したりする。このとき、光と電子との間でエネルギーのやりとりをするのである。私たちの周りのほとんどの色は、このような1ナノメートルにも満たない小さな分子と光との直接作用の結果生じている。

Ki2

 しかし、中には電子とエネルギーのやりとりせずに色を造るものもある。モルフォチョウという強烈な青色を放つ蝶もその1つの例である。 この現象には、蝶の翅(はね)の表面を覆う鱗粉上にある、100ナノメートルサイズの複雑な構造が関係している。この色は構造色といって、昆虫や鳥、魚など自然界に広く存在している発色の原理である。 生命体は、小さい分子から階層を超えてこのような巨大な構造を自発的に造り上げる「すべ」を、長い進化の過程で獲得してきたのである。


もとのページへ