理論コロキウム 記録(阪大)1938

 湯川秀樹は1933年に大阪帝国大学理学部講師(兼任)、1934年には専任講師となり、 1936年より1939年まで大阪帝国大学理学部助教授を務めました。これは、 その時の研究活動を物語る史料です。

note


大阪帝国大学理学部物理学教室
湯川研究室 理論コロキウム記録 1938

(pdf file)

2018年7月
京都大学基礎物理学研究所湯川記念館史料室
大阪大学総合学術博物館湯川記念室

 大阪帝国大学助教授であった湯川秀樹の1938年の自筆の大阪帝国大学理学部物理学教室湯川研究室理論コロキウム記録を公開いたします。

 これは、京都大学基礎物理学研究所湯川記念館史料室に保存されている研究室日記のシリーズ15冊の第1冊(s04-19-01)の前半です。表紙には湯川の字で

理論物理学
研究室記録
(京大)
理論コロキウム
記録(阪大)
1938-1939
I

と書かれています。この前半が大阪帝国大学助教授時代の1938年4月21日から12月23日までの研究室の活動の記録になっています。

 この大阪帝国大学の部分については湯川記念館史料室にいた河辺六男氏(1926〜2000)が分析し、そのまとめが既に YHAL Resources Hideki Yukawa(I), 素粒子論研究65巻4号(1982年7月pp.239—269)の中の263—265ページに一覧表の形で掲載されています。

 湯川は1939年5月26日に京都帝国大学教授に任ぜられ、京都帝国大学理学部物理学教室に転任しました。ノートの後半は転任してからの記録です。表紙の最初の3行と最後の(阪大)、1939、Iの文字は、京都帝国大学転任後に書き加えられたものです。

 外部から利用希望がある場合は、京都大学基礎物理学研究所 湯川記念館史料室 に連絡して下さい。

Updated 17 May 2018